第三話 「チャクラ」と「身体」と「気のカラダ」
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私たちのカラダには、基本的に「7つのチャクラ」と「7層のオーラ」というものが存在しています。(これは、第一話でお伝えした、「からだま(空魂)」が肉体に浸透して、変化したものです=「気のカラダ」)。
「チャクラ」=サンスクリット語で「車輪」を意味する、人体の主要な渦巻状のエネルギースポット。
「オーラ」=肉体を取り囲む、意識から生る、多重層の光り輝くエネルギー体(帯)。
肉体を取り囲む、これらのエネルギー体(帯)は、日本では古来より『雰囲気』として呼ばれてきました。「雰囲気」という言葉は、読んで字のごとく、「霧状に囲まれた、その人の気」という意味で、私たち日本人にとって、その言葉のニュアンス(意味合い)は「人の性格的側面や、感覚的なその人の人となり」を表す言葉として、一般的に広く認識されていることと思います。
また「チャクラ」は、ご自身の持つ「思考」や「感情」や「身体感覚」といった、各種パーソナリティー(性格的特徴)の要素を外界の空間に吐き出すことで、その個人特有のエネルギー空間を、「オーラ(雰囲気)」と呼ばれる独特な空間として創り出しています。
この空間の様子を、昔の日本人は、「その個人の性格や特性を表すもの」=「個性」という意味で、「十人十色」とか「百人百様」「千差万別」という言葉で言い表しました。
そして、7つのそれぞれの「チャクラ」と「オーラ」には、人間の生命現象を表現する様々な感覚的・性格的な意味合いが含まれています。つまり、「からだま(空魂)」=「気のカラダ」=「オーラ」=「雰囲気」と憶えておいて頂けると解りやすいかと思います。
そして、この「気のカラダ」=「オーラ」=「雰囲気」には、「7つの層」があり、その7つの層にはそれぞれに「特有の性質」があります。
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では、ここからは私たちの「からだ」を構成する、「肉体」と「気のカラダ」=「オーラ」のつながりや、それぞれの層の「特有の性質」についてお話していきたいと思います。
まず・・・。
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☆肉体
文字通り、これは私たちの肉眼で視える「肉体」です。
もちろん、触れることも、「ふにふに・ぷにぷに・よしよし」したり、「なんでやねん!!」と、思わずツッコミを入れることができるのも、この肉体です。
身体の中には、筋肉や脂肪・皮膚、内臓や脳や手や足などの器官があります。私たちが動いて働いて、何かをして楽しむことができるのも、この肉体のお蔭です。
また、骨盤や骨格などの姿勢を維持しているのもこの肉体で、私たちの「健康」を創る基礎・土台になる「物質としてのからだ」が、この肉体です。
肉体は、呼吸を繰り返し、酸素と二酸化炭素を交換し、栄養素のバランスの取れた食事を摂ることで、消化吸収を繰り返し、肉体の活力を産生しています。東洋医学では、この呼吸や食事から得られる活力のことを「後天の精」と呼びます。
「指圧」や「マッサージ」、「整体」などで、体調を整えることができるのも、この肉体を通じてのアプローチだといえます。また、事故などの際の手術には、もちろん、この肉体への応急処置を通じて、救命活動が行われます。
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☆エーテル体(感覚帯);色・形=青白い網の目状の光、膜状
オーラレベルの第一層目の「気のカラダ」が、この「エーテル体(感覚帯)」です。また、
この「エーテル体(感覚帯)」は、第五層目の「潜在的エーテル体(高次感覚帯)」が映し
出された層でもあります。
主に、「身体感覚」のエネルギーが現れており、東洋医学でいう「気の流れ道」=
「経絡」が存在するのも、この層です。「気の感覚」が最も感知しやすく、肉体の表面
から「約3〜5cm」のところまでの厚さがあります。肉体に近い、「荒めの波動」を発し
ています。
鍼灸治療や東洋医学的なアプローチが役に立つのが、主にこの層の性質です。
「気の流れ」=「経絡」や、「経穴(ツボ)」が存在するのも、この「エーテル体(感覚帯)」
の上であり、これは肉体ではありませんので、いくら解剖学的に肉体を切り刻んでみて
も、「経絡」や「経穴(ツボ)」を発見することはできません。
この層は、肉体の内部にも浸透しており、東洋医学では、私たちが父親と母親の交接により、精子と卵子が一つに合体した際に生ずるエネルギーを「先天の精」と呼んでいます。また、このエネルギーを原動力として、生命の誕生や肉体の成長が継続していくことは、「発生学」でもご存知の通りです。
この層は、第@・第Dチャクラとのつながりが深く、この「エーテル体(感覚帯)」がエネルギーに満ちていると、肉体は「力強い感覚」や「健康への自信」に満ち溢れるようになります。
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☆感情体(帯);色・形=マルチカラー、霧状の流動体
オーラレベルの第二層目の「気のカラダ」が、この「感情体(帯)」です。また、この
「感情体(帯)」は、第六層目の「高次感情体(帯)」が映し出された層でもあります。
主に、「感情」や「情緒」のエネルギーが現れており、物質的な肉体の輪郭に沿って
存在し、流動的な質量のある霧状のエネルギーで満ちています。この「感情体(帯)」
は、人の感情によって、その時々のエネルギーが「十人十色」として反映され、その
人の「雰囲気の色」=「個性の色」を作り出しています。
色は、虹の七原色の全てを含んだマルチカラーで、健康な時は、「明るく輝いた色」を
発していますが、「気が病む」=「病気」の時には、肉体に病変が現れる前に「曇りがち
な色」や「くすんだ色」になってエネルギーの異常が現れます。
また、この層は、第A・第Eチャクラとのつながりが深く、肉体の表面から「約2・5〜7cm」の辺りまで伸びており、「笑い」や「喜び」、「うれしい時」「楽しい時」「素晴らしい」と感動している時には、明るくクリアなハッキリとした色として、どんどん輝きを増していきます。
※この層以上のオーラレベルの治療には、かなり「精妙な波動」を扱う必要がありますので、実際に治療を行うことのできる「治療師」は、かなり限られてくるのが現状です。
「精妙な波動」とは、その人自身の「生き方」から発生するものであり、治療師に限らず、素晴らしく「精妙な波動」を発していらっしゃる普通(そうに見える)人も、稀(まれ)にいらっしゃいます。そのような方は、そばに居るだけでポカポカと癒されます。
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☆想念体(帯);色・形=黄色〜金色、膜状
オーラレベルの第三層目の「気のカラダ」が、この「想念体(帯)」です。また、この
「想念体(帯)」は、第七層目の「高次想念体(帯)」が映し出された層でもあります。
主に、「思考」や「理性」のエネルギーが現れており、この層は「感情体(帯)」のエネルギー・ボディから続いて伸びており、肉体の表面から「約7〜20cm」くらいの厚さまでの広がりを見せています。
「思考」や「理性的精神活動」に集中している時、この層は明るく光り輝き、拡大してみせます。また、第七層目の「高次想念体(帯)」に直観で捉えられた「知恵」を、この現実世界・人間社会の中で、「どのように表現していくか?」を考えている時に、さらに精妙なエネルギーを発し始めます。
この層は、第B・第Fチャクラとのつながりが深く、「瞑想」によって精神集中が行われると、エネルギーの状態が調整され、落ち着きを取り戻します。
しかし、そのためには精妙な波動との接触を必要とするため、慣れないうちは、精妙なエネルギーを感知することができ、それと同時に、周囲に「精妙な波動」の影響を放っている「瞑想の達人」と一緒に同席して入静する(瞑想に入る)ことで、オーラの第七層(肉体から、約75cm〜1mの層)同士が共鳴を起こし、「同調効果」でご自身の波動も精妙に変化していくことが感じられるようになるでしょう。
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☆アストラル体(帯)=星気体(帯) ;色・形=マルチカラー
艶やかなバラ色、霧状の流動体
この層は、第Cチャクラである「ハートチャクラ」と結合しており、これまでに見てきたオーラの「第一層⇔C⇔第五層」、「第二層⇔C⇔第六層」、「第三層⇔C⇔第七層」との、それぞれの中間をつなぐ「架け橋」の役割を果たしています。
このチャクラ及びオーラの層が果たす役割は、「結合・融合・統合」です。
チャクラの中で、特に「特異的な働き」を示すのが、「第4チャクラ」である「ハートチャクラ」と「オーラの第四層目」です。「第4チャクラ」=「オーラの第四層目」は、高次元の意識層を表す「第7・6・5番目のチャクラ(オーラ)」と、現実的(三次元的)世界との関係性を示す「第3・2・1番目のチャクラ(オーラ)」をつなぐ「架け橋」や「二つの境界の間をつなぐ水門」の役割を果たす性質を持っています。
例えていえば・・・、高次元の意識層にいくら大量のエネルギーが蓄えられていても(ダムにいくら大量の水が貯えられていても)、ダムの水門と同じように、第4チャクラ(ハートチャクラ)が固く・狭く閉じていれば、(水が下流に流れていかないのと同様に、)そのエネルギーが、現実的(三次元的)世界での「生き方」に対して反映されることはなく、「真の自己実現」の達成を制限してしまうことになります。
「ハートチャクラ」は、昔から、よく「愛のチャクラ」とも言われて来ました。
「ハートチャクラ」=「愛のチャクラ」=「オーラの第四層目(アストラル体(帯))」
それは、まさにその通りで、私たちがこの現実的(三次元的)世界で、「高次元の意識」に基づく「生き方」を示していこうとするならば、この「愛」と「調和」のチャクラである「ハートチャクラ」をオープンな状態にしておく必要があるからです。
よく、「こころを開く」ことを「オープンハート」と言いますが、第4チャクラが開かれると、ご自身の身の周りの在りとあらゆることに「調和的関係」や「つながり」が生まれ、現実世界での物事がスムーズにうまく運ぶようになります。まさしく現実世界で「物事が流れるようにスムーズに運ぶようにすること」とは、「架け橋(水門)」である第4チャクラを「オープンハート(心を開く)」にすることなのです。
ですから、まずはご自身の「第4チャクラ」の特徴(特異点)である「愛と許し」のエネルギーを用いることにより、ご自身の「これまでの長年の人生経験」の中で蓄積された、「第3チャクラ=想念帯」「第2チャクラ=感情帯」「第1チャクラ=感覚帯」の各層に付着しているエネルギーレベルの「不要なゴミ」=「ネガティブ・エネルギー」を「お掃除する」ことで、現実世界での「思考・感情・感覚」の調和的なエネルギーの「つながり」を解放していきましょう。
下位レベルをお掃除すれば、後は自動的に「ハート」を通じて、高次のエネルギーが
高次の意識層を通じて流れ込んできます。
しかし、一言に「愛」といっても分かり難いという方もいらっしゃると思います。
その場合は「愛」ではなく、「感謝」と言い換えてもいいと思います。というのも、どんなことにでも無条件に「感謝」をすることができれば、自然とその感覚が「愛」に変わり、「愛」の感覚に満たされている人は、自然と全ての「人・物・事」に対して「感謝」の念が湧くという『相互好循環』を生み出すからです。
つまり、「愛」と「感謝」はお互いにカタチを変えた「もう一つの表現方法」であったといえるようです。「ありがたい(有り難い)」は→「いつくしみ(慈しみ)」に変わり、「慈しみ」は→「いとおしい(愛おしい)」に変わり、その逆もまた然(しか)りで、「いとおしい(愛おしい)」は→「いつくしみ(慈しみ)」に変わり、「慈しみ」は→「ありがたい(有り難い)」に変わっていきます。
そして、「あるがまま」の状況を「受け容れる」ことによって、ご自身の身を「委ね
(ゆだね)」、人生に起きる「困難と思われる状況」を自己変容していくことで、より一層、
この世界への「信頼」と「真の自信」と「確信」が深まっていきます・・・。
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「丹田(たんでん)=(ハラ)」
東洋医学や伝統的古武術の身体論では、この「丹田(たんでん)」という、身体の下腹部に在る「人体の重心」のポイントを非常に重要視しています。昔から、日本人は、
「覚悟を決める」ということを「ハラをくくる」という言葉で言い表してきましたが、まさに、
この「丹田(ハラ)」は、「覚悟と決意の座」として働いており、私たち一人一人の「使命」
と密接に関っています。
また、この「丹田(たんでん)」には、「下丹田(ハラ)」、「中丹田(むね)」、「上丹田(額)」の三つの丹田が、エネルギーラインで結ばれた一直線上の「大地から天までを貫く一本の柱」として存在することが、古来より知られています。
『使命』は、「ある人にとっては在る」し、「ない人にとっては無いもの」として存在します。というのも、「使命」は私たち一人一人の「ハートの中」=「旨(むね;胸)」に在るもので、それは一般的な概念として思い浮かべる「使命とはこういうもの」という広義の意味で定義できるものではないからです。
人には、皆それぞれ「人生とはこういうもの」とか「〇〇とはこういうもの」といった、
「個人的」な概念というものがあると思いますが、それは育ってきた環境や、受けてきた教育や、それらに対するご自身の「感受性の傾向(物事の受け取り方の違い)」が組み合わさってカタチを成してるものです。
ということは、「使命」という言葉や概念に対しても、その人の現時点までの人生のプロセスの全てが、この「使命」という言葉に対して意味を持たせるのであって、一般的に「使命とはこういうもの」という定義をしても、それは、それを想定した本人にとっての「自覚」があって初めて成立するもので、他の人にとっては理解できない、意味を持たないものになってしまいます。
そして、(信じる必要はありませんが、)「魂の生まれ変わり」や「生まれ変わりを通して
の魂の成長と学習」という観点を持ちながら人生を生きて行った場合、「使命」という
ものの存在に関しても、ご自身の「自覚」と「実感」の有無というものが、とても大きな
「キーワード」になってきます。
生きていく上で、必ず人は周りに何らかの「影響」を与えながら生きています。特に人間関係を通しての「関係性」を通じていろいろな影響を与え合っています。その中で、私たち個人は「生き方」を通して「使命」を果たしていると言えますが、自覚の有無に関らず、まず「生きることそのもの」が、ご自身の最小限の使命になっています。
そして、それ以上の「使命」は、あくまでも個人的なものとして存在しており、それはご自身のみが自分自身の「生き方」を信じることで=それが「使命」として浮き彫りにされてくるようになっています。「使命」は、誰の内にでも必ず存在するものなのですが、それに「気付くかどうか?」はご自身の「自覚次第」だということです。
「自覚」という言葉には、「覚り(サトリ)」「覚悟」「目覚め」という言葉の「覚」という文字が入っていますが、まさに「使命」も、その「覚」がキーワードになってくるようです。
というのも、「これが自分の使命だ!!!」と、いったん思ったとしても、その先の「実行の段階」で、自分自身を信じられなくなったり、途中で不安や恐怖に襲われて自分を防衛し始めると、とても使命どころではなくなってくるからです。
「使命」を遂行するには、「覚悟」が必要とされます。肚をくくらなければ、使命を果たすことはできません。そのため、「使命を生きる」には、きわめて「心理的な安定感を持つこと」と「個人的な自己完結をしている」必要があります。また、そこにはご自身の人生全体を通じての「意図」や「姿勢」というものが反映されてきます。
「使命」は、個人が「実感」するもので、その感覚に周囲の人が「共感」して仲間が集まり、達成に向けて働き出すものです。しかし、個人が実感している「使命」が、他人に向けての押し付けになったり、正当化しようとする「使命感」になった時は、本来の目的(使命の達成)から外れていっているということを憶えておきましょう。
「使命」を果たしている時は、全ての物事がスムーズにうまく運び、生命力や躍動感に溢れていくようになります。また、物事がうまく進まない時は、それも、その先の使命につながる「学び」の時期なのだと捉えておきましょう。
「使命」は、『共感』して果たすもので、『強要』して戦うものではありません。また、
ご自身の「使命を生きる」ことが、ご自身が「この世に生まれてきた意味」でもある
のです。そして、そのことがご自身の人生を健康的に力強く生きるための「ハラの底」
からの活力を大地から汲み出すことにもつながります。
「丹田」は、呼吸法によって鍛えることができ、「姿勢」を調整することで、ご自身の
「使命の自覚」と、健康や人生に対しての「活力」を得ることができます。
(*^ー^)人(*^-^*)人(^ー^*)
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「いのち」、本質生命(全体生命)・真我・神我・ハイアーセルフ
直霊御魂(一霊四魂)・仏性
ここから先は、「問答無用」の世界です。理屈では理解できない世界がここに在ります。もしも、質問をしてみたければ、その時は自分自身に「自問自答」してみましょう♪
私たちの「いのち」の本質は、この宇宙を構成している「意識」から成り立っています。宇宙には、「意識宇宙」と「物質宇宙」が存在し、物質宇宙は、「精妙な波動」から成る意識宇宙から生まれています。そして、この「精妙な波動」のことを「ことば」といいます。
私たちの「いのち」は、宇宙を構成する細胞や構成要素の「ひとつ」であり、その
「ひとつのいのち」の中に、宇宙を構成している「意識のすべて」が含まれている
という、「二重内包(マトリックス)構造」をしています。
肉体に宿る、この「いのち」=「命」は、肉体という精巧な元素の集合体である「物理的生物」の中に入ることで、「生命」となり、この「いのち」=「生命」は、その別名を「魂」とか、「霊性」という言葉で言い表されることがあります。
私たちの「いのち」=「魂」=「霊性」は、宇宙の構成要素である「意識のすべて《そのもの》」であり、この三次元世界の物理的肉体に宿ることにより、誕生してしばらく経つと、その意識を「記憶の奥底」(潜在意識)に封印して人生を送るようになっています。
それは、この「意識宇宙」そのものが、「進化向上を志向する」という性質を備えているからであり、その「性質」が「学び」を経験するために、この「物質宇宙」という、三次元の世界を創り出し、自ら創り出した物質宇宙に、意識宇宙の細胞の「ひとつ」である
「いのち」を宿らせて、この人生を開始する以前に、予(あらかじ)め、様々なシナリオやストーリーを「プログラム」して、受動的・能動的に「学び」を経験しているからなのです。
その経験は、「物質生命のすべて」。つまり、鉱物や植物、動物、水や雲、月や太陽、天体の星々、地球、そしてもちろん「万物の霊長」である「人間」の内に宿ることにより、意識宇宙の細胞の「ひとつ」である「いのち」が、「時間と空間」によって制限されているこの物質宇宙の中で未来永劫に「学び」を繰り返しています。
(信じなくていいですよ♪)
また、そのことを、その昔、人間「釈迦」は、「山川草木国土悉皆成仏」(草も木もすべてのものは、皆、すでにさとりの種を内在している)という言葉で言い表し、そのひとつひとつの物質生命の内に宿る「いのち」=「霊性」のことを「仏性(ぶっしょう)」と呼びました。そして、この「仏性(ぶっしょう)」には、「悟りの種」という意味も含まれています。
「悟り(覚り)」とは、物理的肉体という制限の中で生きる「私たち(いのち)」と、「意識宇宙」=「全体生命」との間の「差を取る」(さとる)ことです。つまり、「ひとついのち」として、全てと一体になること、「ひとつの大いなる意識」になることです。そして、そのことを「仏教」の方では「即身成仏」といいました。
私たちの人生で直面する「悩み・苦しみ」は、実際には「学び」という経験の一種であり、そのことを通して、「すべてのいのち」は成長(進化向上)を繰り返しています。そして、私たち一人一人の「個性」とは、=「それぞれの学びの成長段階に応じた『霊性』の別名」のことを言っています。ですから、「個性」には、違いや特徴があって当然なのです。
また、「古神道」の方では、「いのち」のことを、『一霊四魂(いちれいしこん)』という言葉で言い表し、私たちの「ひとついのちの霊性」を、「四つの魂の働き」に分けて解説しています。そして、その「四つの魂の働き」とは、これまでに解説してきました、「オーラとチャクラの性質」と同じことを示しています。
古神道では・・・、
◎「一霊」のことを、「直霊(なおひ)」、「直日の御霊(なおひのみたま)」と言い、
※「一霊」とは、「ひとついのち」のことであり、「素直さ」・「正直さ」の働きのことです。
その他に・・・、
「荒御魂(あらみたま)」・・・第@・Dチャクラとオーラの働き
「和御魂(にぎみたま)」・・・第A・Eチャクラとオーラの働き
「奇御魂(くしみたま)」・・・第B・Fチャクラとオーラの働き
「幸御魂(さきみたま)」・・・第Cのチャクラとオーラの働き
という、「一霊」の中に含まれる「四種類の魂の働きの性質」を示し申しています。
そして、この「示し申す」ことを古代の人々は「神」という文字で表記しました。
また、この「神」という文字を構成している、「示す」ことも「申す」ことも、これらは「動詞」であり、「働き」を表しています。つまり、「神」という存在は「固定化された対象」ではなく、この大宇宙の「働き」そのものであり、それは、「私たち(いのち)」そのものでもあるのです。
※「表現の仕方」に違いはあれど、世界中の時代も場所も異なるところで、同じような認識がされていたことは、とっても驚きであり、感動的ですね〜♪♪♪
ただし、これまでの解説全体を通してお話して来ましたように、「私たち(いのち)」の
「性質(個性)」には、それぞれの働き方に「強弱の違い」や「特徴」があり、それぞれの
「個性」は、未熟な魂の働きをさらに成長させるための「学びの課題」を予(あらかじ)め
様々なシナリオやストーリーとして「プログラム」して来ているために、生前に自分自身が生まれる両親や環境を選択し、幼少時に「自我(エゴ)」を植え付け、そこから「真の個性」=「真我・神我」=「愛と光の存在」への「さとり(差取り)」を達成するために、生涯を通じて直面する様々な「課題」にチャレンジしていっているのです。
ですから「愛とは何か?」と、問われれば、その答えは、「私たち自身」という答え以外には在り得ないでしょう。ただし、この現実世界においては、それぞれの学びの段階のプログラムが違うので、
それぞれのシナリオの中には「殺人犯役」もあれば、「強盗犯役」、「社長役」、「極道役」、「路上詩人役」、「聖職者役」、「いじめられっ子役」、「お笑い芸人役」、「ヒーロー役」、「ヒロイン役」etc…十人十色、百人百様、千差万別の様々な「役柄」が存在し、それらの「役柄を演じる」ことを通して、「私たち(いのち)」は自己成長を繰り返しているのです。
ただし、「法律」は三次元世界のそれぞれの国々によって定められていますから、その範囲を逸脱すると、いくら「学びのプロセスだから」と言っても、逮捕されちゃいますから、「法律の範囲内」で、人生を楽しんでくださいね。でも、それでも「やってしまう」人は、止めることはできませんけど・・・。
それだけの覚悟があるのなら、他人がとやかく口出しできる時期ではありません。
理想的なことを言ってみても、「この世」には、悲惨な事件や理不尽な出来事が頻繁に起きているのが現状です。人生は理屈ではなく、大変リアルなものです。ただし、それらの「目に見える出来事」は、ご自身の「外の世界」の出来事であり、ご自身の「望みの現実」を変えれば、「ご自身だけの実際の現実世界」を変えることが出来るのであり、どんな人生も自らの手で創り出すことが可能になるのです。
なぜなら、この「現実世界」は、ご自身の「脳」が作り出す、「反応」が投影された、
「バーチャル・リアリティ(仮想現実)の世界」なのですから・・・。
そして、ご自身自らがシナリオを描いてきた「課題を積極的にクリアリング(浄化と昇華)していくこと」が、「真の個性」である「愛そのもの」となることであり、宇宙を構成している「意識のすべて」=「力そのもの」となることで、ご自身は「創造力」という世界の創造主になるのです。
つまり、ご自身が「ご自身の世界の創造主」なのです・・・。(信じた方がいいですよ♪)
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