|
|
「健康のバランス」の中心となる「気の章」では、一般の方々には、まだまだなじみの薄い、「気」と「こころ」と「身体」の「つながりと関係性」について、解りやすく解説していきたいと思います。
人間の身体に流れる「気」とは、ご自身の身体に宿る「いのち」「魂」「生命」を発生の源とする「生命力」=「生命エネルギー」のことです。こちらでは、この「気」の性質について、よくご理解いただき、「精神的な安定」と「肉体の健康」に活用して頂くことで、社会生活の中で、ご自身の「幸せで心豊かなライフスタイル」の基礎作りに役立たせて頂きたいと思います。
|
第一話 気のカラダ
|
|
→第二話へ →第三話へ
|
一般に認識されている、私たちの「からだ」とは、骨や筋肉や皮膚組織などの「肉体」のことを指して「身体(からだ)」と呼んでいると思います。
しかし、東洋医学の数千年の歴史を背景とする、「伝承医療」の現場の「もう一つの『からだ』の見方」からすると、人の「からだ」というものを観る場合、そこには私たちの肉眼で視覚的に見える「肉体」の身体(からだ)だけではなく、肉眼では視ることのできない、《「気」=「エネルギー」の『カラダ』》というものの存在を認めています。
こちらの肉眼では視えない「カラダ」の方は、古来の言葉、「からだま(空魂)」を語源としています。日本語では、「命」・「魂」の抜けていったご遺体のことを「亡骸(なきがら)」といいますが、「なきがら」には、もう一つ「亡き空」「亡き殻」という意味があり、私たちの『肉体』というのは、目に視えないもう一つの《「気」=「エネルギー」の『カラダ』》である「からだま(空魂)」を容れる『殻』であるとみなされていました。
そのため、「からだま(空魂)」の抜け去った、「目に視える肉体」のことを「亡骸(なきがら)=(「亡き空」「亡き殻」)」と呼んだわけです。
つまり、私たちの「命」「魂」の正体は、この肉眼では視えない、もう一つの「カラダ」である「からだま(空魂)」という「気」=「生命エネルギー」のことだったのです。そして、
この「からだま(空魂)」から構成される、もう一つの「気のカラダ」が、実は私たちの「生命現象」や「運命の循環」を司る本体だったのです。
→(「からだま(空魂)」=「気のカラダ」=「人の本体」)
「気」という存在は、現代科学の様々な検証をもってしても、まだまだ謎が多い存在で、古来より、その存在が「言葉の上」では広く使われて、人々に認識もされていますが、その実態は、頭脳的に「理解」されるものではなく、感覚的に「実感」を通して伝わるものであるため、これまで宗教職や医師職に関わる一部の秘匿された人間を除いては、その実態は、ほとんど一般の方々には伝わっていなかったようです。
というのも、古代には、このような「命」「生命」そのものに関する知識や感受法・活用法は、要人の暗殺に悪用されたり、国家の命運そのものを左右する力を持つものとみなされ、多くの一般の人々に広く公開してしまっては、政治的・宗教的に不都合だということで「一家・一子相伝」という形でしか伝わっていなかった、という歴史的背景があったようです。
そのため、多くの物質や現象に対する科学的な解明が進んだ現代でも、ごく最近になって日中の国交が拡大し、さらにテレビやメディアの普及により「気功」「太極拳」「中国拳法」というかたちで日本人の認識に一般的な概念が広がるまで、「言葉」というかたち以外で、「気」の実用面が一般の人々に広く認識されることはありませんでした。
しかし、「気」という存在は、物理的な「電気」「磁気」などのように、その正体そのものは未だ科学的にもハッキリとは解っていないにも関らず、私たちの実生活に欠かせないものとして、特に意識はしていなくとも、昔から幅広く活用されてきました。
その実態は、人と人との「つながり」や「関係性(コミュニケーション)」を通して、毎日のように使用されているため、「あまりにも当たり前」過ぎて、文字通り「気がつかない」ほどです。
しかし、その当たり前過ぎて気にもとめない「気」「生命エネルギー」を日常生活の上で「意識的・意図的」に活用するように使っていけば、ご自身の人生に多くの「幸せや豊かさ」「健康」をもたらす、ご自身にとっての世界で一番の最高の味方になってくれることでしょう。
※ただし、注意して頂きたいのは、先ほども申し上げましたとおり、「気」とは、ご自身の「からだま(空魂)」、「いのち」、「生命力」、「魂」そのものであるため、「愛」や「調和」「感謝」という状態を通してのみ、使用時にその「最大限の効果」が得られるのだということを、どうかお忘れのないようにお願い致します。
「気」という存在そのものは、きわめて「ニュートラル(中性・中庸・中道)」な存在ですので、善いも悪いもありません。その存在に「どのような性質を与えるか」は、ご自身の「意思・意念・思念・想念」という「方向性」が加わって、初めて働き出すという《性質》を持っています。
また、この「気」は、=「情報」という性質もあわせて持っており、その「情報」という性質の「気・エネルギー」が、肉体の脳神経組織・中枢神経系に宿ることで、私たちの「記憶」というものが形成されています。
そして、その「記憶」が存在することで、そこから「潜在意識」と「顕在意識」という二つの意識が分かれ、その二つの意識の間に生ずる「葛藤」により、私たちの価値判断や論評・評価の基準となる「自我(エゴ)」=「個我」というものが生まれています。
しかし、この「自我(エゴ)」=「個我」は、私たちの本来の性質である「個性」とは異なり、人と人との「自我(エゴ)」と「自我(エゴ)」のぶつかり合いが、「人間関係の争い」や「悩み・苦しみ」を生み出す原因になっています。この二つ以上の「自我(エゴ)」のぶつかり合いが、私たちの人生を障害だらけにし、難しいものに思わせている原因なのです。
つまり、「自我(エゴ)」が薄くなり、「個性」が表に現われて来れば来るほど、争いや
対立が少なくなり、ご自身の才能や能力を発揮して、「愛」や「調和」に満たされた、
創造性豊かな生活が送れるようになるのです。
ということで、「気の章」では、人間の生命=「いのち」から生ずる「気」を上手に活用することにより、ご自身の「健康」や「人間的成功」、「社会的成功」の発展・増進にどんどん磨きをかけて頂き、「スーパー・ハッピー・ラッキー♪」の「ツキまくりの感動人生♪♪♪」を送って頂きたいと願い、そのための基礎知識をお伝えしたいと思います。
しかし、気は「知識」として知っているだけでは、ほとんど何の役にも立ちません。知識から、体験を通して「知恵」に昇華させていくことが大切です。「いのち」から生まれる、自分本来の可能性を拡げる「気・エネルギー」を体験を通して、「知恵」として実生活に活かしたいという方には、「気功ヒーリング」や「養生功 個人指導」がお役に立てると思います。
「気」は、「意識的・意図的」に充分に活用していけば行くほど、自然と導かれるように「幸せ」や「豊かさ」「健康」に恵まれた自分になっていきます。その結果、当然のように世間や社会に対して「貢献」していける自分になっていき、多くの人々から喜ばれ親しまれる存在になっていくことは請け合いです。
|
|
|
|
|
|
|